同好会詳細

謡曲部

謡曲部イメージ

謡曲部サブイメージ

謡曲部サブイメージ

年に一度、謡曲大会を4階大ホールで開催。50周年時に設けた檜造りの特設舞台が能舞台になります。謡曲部は大会に向けて、観世流シテ方の梅若長左衛門先生の指導を受け、半年前から練習を重ねます。本番前には重要無形文化財総合指定保持者の2代目梅若玄祥師も駆けつけ、稽古の総仕上げを行います。
梅若家と当倶楽部の関わりは大正時代から、玄祥師の祖父54世梅若六郎師が指導、以来玄祥師の父55世六郎師から玄祥師へと受け継がれ、梅若家の指導が代々続いています。「初心者の方も、一から手ほどきしますよ」と長左衛門先生は謡曲部をご指導いただいています。

囲碁部

囲碁部イメージ

囲碁部サブイメージ

囲碁部サブイメージ

大阪倶楽部設立当初からの同好会の一つです。年間を通じて総当たりのリーグ戦と対戦自由の対抗戦が展開され、日本棋院関西総本部石井邦生九段を初め数名の指導を受けながら、囲碁を楽しんでいます。初心者も心配ご無用。リーグ戦は上級クラスと中級クラスに分けて初心者にもなじみやすいように配慮しています。碁盤、碁石とも代々続いた名品を使用でき、倶楽部に立ちよれば、いつでも碁が打てる環境が整っています。

将棋部

将棋部イメージ

将棋部サブイメージ

将棋部サブイメージ

囲碁部と並び、古い歴史を誇る同好会の一つです。伝説の棋士坂田三吉は昭和8年(1933)から15年間当将棋部の師範を務めていました。15世名人大山康晴氏は当倶楽部の社員であり、昭和58年から平成3年まで名人位を保ちながら、部員の指導に当たりました。そして現在は月の第一、第三水曜日に、坂田三吉の孫弟子にあたる酒井順吉7段の指導を受けています。将棋盤、特に駒は名高い駒師の名品を使用できる贅沢さです。開館時間内に立ち寄ればいつでも将棋が指せる環境が整っています。

撞球部

撞球部イメージ

撞球部サブイメージ

撞球部サブイメージ

歴史は古く、大正3年(1914)竣工の初代会館に既に撞球室がありました。現在は米式四つ球3台、三つ球1台、英式ポケット2台を設置。四つ球以外に、三つ球、ポークライン、スヌーカーの4種目を採用し、毎週田中忍プロが指導に当たっています。全部員が対戦する総当たり戦を、毎月実施。更に月2回定例競技会を開催しています。

ゴルフ部

ゴルフ部イメージ

ゴルフ部サブイメージ

ゴルフ部サブイメージ

大正13年(1924)に竣工した倶楽部会館の屋上に、関西で初のインドアゴルフ練習場が設置。その時の加賀正太郎氏を含むゴルフ委員が「大阪に初のゴルフ場を」と関西の実業家に呼びかけ、誕生したのが「茨木カンツリー倶楽部」です。ゴルフ部の第一回競技大会は1937年。当時の銀製優勝トロフィが今日まで持ち回りで受け継がれています。現在は年間10回の大会を実施。茨木カンツリー倶楽部を始め宝塚ゴルフ倶楽部など関西の名門コースでプレーしています。

長唄部

長唄部イメージ

長唄部サブイメージ

長唄部サブイメージ

長唄部は昭和56年(1981)、邦楽部が長唄部と小唄部に分かれて設立されました。お稽古は毎週木曜日で、今藤美多吉師匠が三味線を弾きながら部員を先導していきます。長唄は情感豊かに歌いあげる作品が多く、長唄が経済人に支持されてきたのは、人間陶冶につながるからです。史実を丹念に織り込んだ長唄で人間を鍛錬すると、組織運営や人づくりの心構えが分かってくると云われています。長唄は宴席を引き締め、宴席のコミュニケーションを品格のあるものにしてくれます。

小唄部

小唄部イメージ

小唄部サブイメージ

小唄部サブイメージ

「人の上に立つ者、小唄を知らずして成らず」――と、ささやかれたのは、昭和30年代。囲碁、ゴルフ、小唄を「三ゴ」と呼び、小唄は隆盛を極めました。客人を前に、小唄をさらりと披露する。小唄は企業人に必須の教養でした。小唄は歌詞の短い唄いものを指し、俗謡「端唄」から派生しました。基本は唄ひとりに三味線ひとり。唄と三味線がひとつに溶けあい、短い中に、いかにして「粋」を折り込むかが、聴かせどころ。小唄部は月4回稽古に励んでいます。片山千扇師匠が部員の声質や習熟度に応じて曲を選定し、一対一の相対で指導に当たっています。雑念にとらわれない初心者ほど稽古がすんなり進むそうです。

俳句部

俳句部イメージ

俳句部サブイメージ

俳句部サブイメージ

昭和29年(1954)高濱虚子の長男で「ホトトギス」三代主宰の高濱年尾氏の指導で「木槿(むくげ)会」として設立、昭和54年俳句部になりました。現在高濱年尾先生の次女、「ホトトギス」名誉主宰稲畑汀子先生ご指導のもと、毎月第二火曜日に句会を開いています。前もって与えられた「兼題」、当日指定される「席題」、等の7句を詠みます。全員で選句して、選ばれた句を一句ずつ読み上げる披講の後、稲畑先生が講評します。緊張と集中、高揚と充実の時間があっという間にすぎています。

短歌部

短歌部イメージ

短歌部サブイメージ

短歌部サブイメージ

毎月第2水曜日、歌人千代(ちしろ)治子(はるこ)先生を招き、短歌部の例会が開かれます。千代先生は短歌結社「山繭の会」同人で、大阪倶楽部理事長を務めた千代賢治氏の夫人です。平成5年(1993)以来、20年にわたって指導を続けてきました。半世紀を超えた歩みを、「山繭の会」主宰で日本芸術院会員 の前登志夫先生や「塔短歌会」の高安国世先生、前出の千代先生ら、すぐれた歌人が指導者として支えてきました。例会では各メンバーが詠草3首を披露します。次に他のメンバーの3首から2首を選び取り、感想を語り合います。そのあと千代先生が各メンバーの作品から2首を選歌し、講評を加えます。

美術茶話会

美術茶話会イメージ

美術茶話会サブイメージ

美術茶話会のルーツは、倶楽部で開かれていた茶会に求めることができます。茶席を彩る茶道具の名品を鑑賞するうち、やがて、対象は仏像、仏画など仏教美術を含む美術全般へと広がり、昭和55年(1980)、美術茶話会の創設に至りました。現在、1・2・7・8月を除く毎月、近畿一円の庭園や美術館を探訪し、社寺を巡拝します。例会のない2月、8月には研究者らを招き、訪問先に関連したテーマや時流に応じたテーマで公開講演会を開催。日本美術史に触れ、深く味わっています。

詩吟部

詩吟部イメージ

詩吟部サブイメージ

詩吟部サブイメージ

哲泉流日本吟詠協会の新流派を創設した黒川哲泉氏は、元々大阪倶楽部の社員でした。黒川氏自身が請われて詩吟グループを立ち上げ、昭和47年(1972)、部に昇格。現在は黒川氏の高弟で協会副会長を務める中尾仁泉宗師の指導の下、部員たちが練習に打ち込んでいます。体全体で発声するため、腹式呼吸を身につけて腹筋を鍛えていきます。詩吟が上達するうちに、体にも活力がみなぎってきます。吟ずる作品の内容を精査することで、人として生きることの奥深さにふれることができます。

演劇部

演劇部イメージ

歌舞伎などの伝統芸能を堪能する演劇部の前身は、昭和29年(1954)に始まった観劇会です。当時、役者たちは公演日が近づくと、大阪倶楽部を訪れ、宣伝を兼ねて社員たちにあいさつをして回りました。33年(1958)には、4代目中村富十郎、芳子夫妻を招いて懇話会を開催。東京生まれながら、大阪ゆかりの大名跡を継いだ富十郎と、初代中村鴈治郎丈の娘である芳子さんを囲んで、社員らは芸能談義に花を咲かせました。54年(1979)、観劇会の活動を引き継ぐ形で演劇部が創部。現在、大阪松竹座の初春大歌舞伎、7月大歌舞伎と、京都南座の顔見世興行を中心に、年に数回観劇を楽しんでいます。演劇部に入部すると、観劇券の斡旋を受けることができます。自らチケットを手配する煩わしさがない上、公演プログラムも進呈されるとあって、会員には好評なシステムです。

ピルゼン部

ピルゼン部イメージ

ピルゼン部サブイメージ

ピルゼン部サブイメージ

生ビールと音楽を味わいながら懇談するのが、ピルゼン会。昭和28年(1953)の創設以来、毎月1回開催され続け、優に700回を超えています。登録会員はおおむね200名で、会員の参加者は毎回60名から70名。同伴者制度を導入し、会員の家族や知人友人であれば、女性を含めて参加歓迎。ピルゼン会はアサヒビール社長などを務めた山本為三郎氏の発案で誕生。当時貴重だったビールをビール工場から直接運んでおいしい生ビールと音楽を聞きながら楽しく飲む会で毎月続いています。

書道部

書道部イメージ

書道部サブイメージ

書道部サブイメージ

書道部の設立は昭和57年(1982)。以来、30年あまり、書家で天真会会長甫田鵄川(ぼた・しせん)先生が指導に当たってこられましたが、平成28年(2016)より、同会副理事長の榎本白珪(えのもと・はっけい)先生の指導をいただくことになりました。例会は毎月2回、天真会の教本を手本に、部員が書いた作品を白珪先生が添削されます。部員たちは添削をもとに更に自宅で稽古を積み、次回の例会で改めて白珪先生の再講評を受けるという方式が採用されています。また年1回、大阪倶楽部にて各自の作品を展示したり、同じく年1回天真展に出品できますし、希望者には読売書道展その他の公的展覧会への出品が可能です。

写真部

写真部イメージ

写真部サブイメージ

写真部サブイメージ

写真部は昭和61年(1986)創設。初代委員長の長谷恭介氏ら8名の有志が集まり、撮影会や写真展を企画。日本を代表する写真家岩宮武二氏をはじめ、第一線で活躍中の写真家による直接指導でした。実力派写真家の体験に基づく独創性あふれる助言は、部員たちが確かな写真技術と自由な写真表現を培う最良の刺激になりました。現在は2代目委員長市川寛城氏を中心に、部員が切磋琢磨しています。撮影会のもうひとつの楽しみは目的地周辺のグルメ探訪とのことです。

尺八部

尺八部イメージ

尺八部サブイメージ

尺八部サブイメージ

尺八部は社員の山本忠雄氏を中心に創設されました。山本氏は都山流の竹琳軒大師範で、廬山(ろざん)を名乗った妙手。初代委員長と師範を兼務しながら、 部員らを牽引しました。現在は谷口央山(えいざん)竹琳大師範が2代目師範を引き継ぎ、指導に当たっています。「首振3年ころ8年」――尺八にまつわる箴言です。尺八を吹くのに、首を振って音の加減ができるようになるのに3年、さらにころころと良い音が出るまでに8年かかるという意味合いです。谷口師範は 尺八を「世界で最も難しい楽器」ととらえ、基本の大切さを繰り返し説いています。「姿勢、管の持ち方、吹き込む息。しっかりした基本があってこそ熟達の道が開けます」。初心者・未経験者を歓迎しています。

真向法健康教室

真向法健康教室イメージ

真向法健康教室サブイメージ

真向法健康教室サブイメージ

「健体康心」。毎日3分間4つの体操を取り組むことで、健やかな体と、康らかな心を持続するのが、真向法(まっこうほう)の目標。「真向」とは、赤ちゃんがリラックスしているときの姿勢のような、自然で正しい姿勢を指します。大阪倶楽部真向法健康教室の設立は平成16年(2004)。現在、月4回火曜日に集まり、和田歌文範士、勝岡房江錬士の指導を受けて体操に取り組んでいます。上手下手の区別はありません。1日1ミリずつ体を柔らかくしていくことを目指して体操を続けると、血液とリンパ液の流れがよくなり、新陳代謝が活発化して健康や若さを保つことができます。

丹田呼吸部

丹田呼吸部イメージ

「丹田」に意識を集中し、呼吸をコントロールするのが「丹田呼吸法」。釈迦が心身を丈夫にし、悟りを開くもとになった呼吸法です。大阪倶楽部丹田呼吸部の前身、丹田呼吸健康法研究会の設立は昭和62年(1987)。現在は毎月第1、第3水曜日に集まって和室に座し、ビデオ映像に合わせて深い呼吸を繰り返しています。丹田呼吸法では、息を吐く時に丹田に力を入れることによって、横隔膜を押し上げて下腹部に圧力をかけます。横隔膜が下がると、内臓が下降圧力でマッサージされます。その結果、自律神経の動きが活発になり、循環器系が活発化し、自己治癒能力が旺盛になるなど、さまざまな効果が得られます。身体面ばかりでなく心が落ち着き、集中力が身につきます。

絵画部

絵画部イメージ

絵画部サブイメージ

絵画部サブイメージ

設立は平成22年(2010)6月。若いころ憧れた絵を描いてみたいものの、技術的に自信がない――そんな初心者の声にもこたえられるよう、初心者向けのA班と、経験者を対象とするB班の2班体制でスタートしました。A班は女流画家小寺和子先生の指導を受けて基礎を学び、B班は日展評議員小灘一紀(いっき)先生の指導を受けながら創作に励んでいます。大阪倶楽部絵画展には部員全員が出品し、大勢のギャラリーが詰めかけています。展覧会に出品することで新たな出会いが生まれ、画友の展覧会に出かけることでさらに交流の輪が広がるという好循環が芽生えています。

ページの先頭へ